金曜日の夜をめざして

サバイバル中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

メンヘラとは結局甘えなんじゃないかしら

最近…自分がほんとに病気なのか疑わしくなります。いや、もちろん精神症状も肉体症状もあるし、薬は手放せないし、必ず病院にも行くのですが…「ほんとに病気なのか?」って気持ちが強くあります。病気を理由に退職もするわけですけど、まあ一部の人から見たら「逃げで退職した」って思われるんだろうな、嫌だな、あいさつするのもおっくうです。

病気だからいろいろ大変なのは確かなのですが…このしんどさに果てはあるのか、解決策はあるのか…最近目の前がまっくらで、立ち止まってしまっています。

メンヘラは甘え

このごろ頭の中をうずまくのはこの言葉です。自分はメンヘラを治すどころか、みずからメンヘラになろうとしていないか?メンヘラになることでいろんなことから逃げて甘やかされて、弱者ぶれることでおいしい目にあおうとしていないか?おまえはほんとに病人か…?

自分でさえ自分を信じることが出来ず、頭の中が不安定です。たとえば骨折であれば骨がくっついて松葉杖なしで歩ければわかりやすく「治った」んでしょうけど、メンヘラのゴールってなんなんでしょう?復職して社会復帰がゴールなら、わたしは複数回失敗しています。軽躁になるたびに復帰して、うつがきつくなって休職します。そんなのばっかりで…我ながら非常にわがままだし、自己中だし、甘えてるって言われても仕方ないと思います。意味不明ですもの。自分が出てきたいときだけでしゃばって、飽きたら倒れるやつとか、目障り極まりないでしょう。でも、躁鬱であるかぎり、こういうことを繰り返さざるをえないわけで…

いやになります。そして、この症状は甘えなんじゃないか?と何回も思います。

 

みんな大変なのに

激務につぶれてる人、子供を育ててる人、親の介護をしている人、いろんな事情の人がいるわけで、でもそういうつらさを飲み込んで、みんな仕事をしているわけです。大変なのはみんな一緒。つらいのは自分だけじゃない。あたりまえのことです。

なのに、みんな大変なのに、自分だけメンヘラという理由で、楽をさせてもらったり、配慮をしてもらったり(それでも倒れる)なんというか…本当にめんどくさいし、職場にとって邪魔な存在なんだろうなと思います。

 

趣味でけがをして杖をついているような人にはみんなわかりやすく配慮できるけど、頭がやられている人にはなにをすればいいかわからない。下手なことをしたら逆恨みされるかもしれない。腫れ物に触れるような扱いです。メンヘラとして働いていて辛かったのは、やはり「おっかなびっくり」触れてこられることでした。確かに、メンヘラの取り扱いなんて、わからない人が多数でしょうし、無理してメンヘラを雇うより、なんとか追い出す方が効率的でしょう。そういう意味では作戦成功です。会社の勝ちです。

なんだろう。診断書もあるしヘルプマークもつけているし、見えない障害があるのはもはや明らかなことなのに、誰と話をしていても、うっすらと「でもメンヘラなんて甘えでしょ」って心の声が聞こえるのです。わたしの被害妄想かもしれませんが…

たとえばインフルで苦しい人の前にわたしが現れたら、本音を聞くことができるでしょう。「ご機嫌病で病人ぶって、いいご身分だな!」となじられるのではないでしょうか。

実際、軽躁の姿を見た人からしたら、甘えにしか思えないでしょう。軽躁は病人どころかやけに元気な人ですからね。そこからあれやこれやと暴れ回ったくせに、都合が悪くなると鬱になりました~って倒れるんですから、意味不明だし、「嫌なことから逃げてるだけの人」と思われても仕方ありません。

 

治したいのはやまやまなんだけど

いつまでもメンヘラでいたいわけがありません。病気も障害もさっさととっぱらって健康体に戻りたいに決まっています。しかし、どういうわけかそれができない。ツレうつのツレさんとか見ていると、多少の上下はあれど、年月とともに快復に向かっています。しかしこれはツレさんがうつ病だったからであって、私のような躁鬱は、基本的に一生治らないのです。1年のうちほとんどがうつで、沈み込む海の中で苦しんで、たまに来る軽躁で別人のようにはしゃいで、混合状態で死にかける。これの繰り返し。

うつ経験者の本やブログを読んでいても、長く引きずる人は意外と少ない。寛解している人が多いように見える。ところが躁鬱になると、寛解なんてほとんどない。文面から大暴れしているのがわかりきっているし、しばらく更新がないと、うつなんだな…と思う。うつ病は浜辺に向かって泳ぐ戦いですが、躁鬱は一生海の上。浜にあがることはありません。

こんな状態にあきあきしていますし、いつまで病人でいなければならないんだ?と思いますしわたしからあらゆるものを奪った病気をうらみますし、そもそもの元凶になったあの職場を呪います。発症してしまったがために、生涯服薬を強いられることになったんだから。

うつ病でさえ理解しづらいのに、躁鬱なんてわけがわかりません。他人にはわからないと思います。自分の状態がランダムで変わる恐怖は、わからないと思います。そして、そういう人たちから見ると、躁鬱なんてファッションメンヘラだし、もっと苦しんでいる人はたくさんいるし、甘えるなって話なのです。

なんだかなあ…社会人の友人と話していても、自分より遥かに過酷な環境で働いているのに病まずにやっていけてたり、育児と両立していたり、女性管理職のプレッシャーと戦いながら日々をストレスに蝕まれながらも生きているのを見て「自分なんか甘えているなあ…」と思います。

 

なんて忍耐力がなく、精神的に幼稚で、ストレス耐性が低く、協調性のない、いわゆるしょうもない人間だったんだと思って、暗くなります。変な話ですが、「もっと苦しんでメンヘラになったならともかく、おまえのそれはその程度なの?」って考えてしまいます。友人は月150時間残業でも日々バリバリ働いていますが、わたしはそんなのできるわけがない…貧弱です。

 

メンヘラは甘えと言われるのは腹立たしいですが、ある種図星だから、腹が立つんだと思います。見えない病気に支配されて挙動不審になって周りを振り回して弱者の権利をむさぼって、いつ治るのかというと「不明」もしくは「治らない」…

私が苦しいことも事実だし、わたしがメンヘラであることも事実。そこは変わりありません。

しかし、「メンヘラは甘え」いまはそう思ってしまいます。自分より苦しい人がたくさんいる世の中で、自分はどうしてメンヘラで居なきゃならないのか、、、

みじめだし憤りを感じます。できるなら早く健常者に戻りたい。躁鬱と発達障害をコントロールできればいいのですが…