金曜日の夜をめざして

サバイバル中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

生きづらい理由が発達障害だと気づくまでの息苦しさ

 まず最初に言っておきたいのは、発達障害=悪だと安易に結びつけてはいないということ。発達障害だろうと普通に生活している人もいるし、むしろ普通の人よりも飛び抜けたパフォーマンスをしている人もいる。いわゆる「天才」と呼ばれる人でしょう。そういう人たちがいたから人類の文化や科学は発展してきた、それは疑うところがありません。

ただ個人の人生というレベルまで落とし込むと「発達障害で良かった」って言える人って決して多くはないと思います。なんせ「障害」ですからね。生活や人生を円滑に営むのに邪魔な存在だから「障害」なんて呼ばれるのでしょう。

 

人間のなりかたがわからない

つい最近まで自分の性質に気づきませんでしたし、発達障害という言葉も自分には関係ないと思っていました。だから診断されたときはびっくりしましたし、にわかには受け入れづらかった。でも日々を経るごとに地味にじわじわ実感していきました。「ああ、だからだったのか…」「そうか…」と納得していきました。

人間であること。人間なんだから、人間以外のものになることなんてありえないですし、何を言っているんだ?って思うでしょう。でも自分はそれができなかった、本当に難しかった。

思い出すにつれ、尋常じゃなく周りに迷惑をかけてきたし、自分でそれを自覚することも少なかったし、どうして他の人と同じようにできないのか不思議でしかたなかったし、「みんな人それぞれ」とは言うけど、じゃあどうして自分はこんなに息苦しいんだろう、と疑問だった。甘えているだけなんじゃないか、って思い続けていました。

そりゃみんなきれいな球体であるわけもなく、どこかしらザラザラや凹みがあるものですが、それでもどうにか意思疎通してやっていけるのでしょう、それがコミュニケーションという手段を持つ人間のルールです。ところがこれが全然できなかった。

自分が何かを言うと場が止まるし、じゃあ何も言わずにいようとすると「意見を言え」とせっつかれる。しかし場の空気がまったくわからず、何を言えば「その場の正解」なのか全然わからない。だから正解の範囲を簡単に飛越したことを言ってしまい、「あーあ…」とまた落胆される。

人間ならその場に合わせて何かを言ったり聞いたりすることが、自然な成長過程で習得できるらしい、どうやら。じゃあ自分はなんなんだ?何かを取りこぼしているのか?どこからおかしくなったのか?

「自分の世界」しか見ることができないので、他人がどう思うか、さらに「他人の集まりにいるときに、自分をどうポジショニングしたらいいのか、他人どうしのヒエラルキーや親しさ度を推測したらいいのか」ここがさっぱりわからない。

もっと周りを見ろよ!流れを理解しろよ!それ今ここで言うことじゃないよね!とさんざん言われてきました。自分でもどうにかしないといけないのはわかってるんですけど、どうしたらいいのかわからない。それが発達障害に由来するんだとしたら、そういうことか…そうか…ってなります。自分なりにいくら努力したつもりでも社会の正解にはたどり着けず、いつもどこかずれている。自分のやってること、言ってることに自信が持てず、じゃあもう人と関わるのもめんどくさいな…ってなってくる。

 

いや、努力の問題でしょ

自分もそう思い続けていました。病気じゃあるまいし、人間なんだから人間とコミュニケーションができないなんておかしいでしょ。努力すればどうにかなるでしょ…そう思っていろんな本を読み、少しずつゴミみたいなコミュ力を鍛えてはいきました。就活ではステレオタイプな答えさえ覚えておけばどうにでもなるので、なんとかなりました(典型的な、付き合いが続くほどにボロが出てきて好感度が落ちていき最後は音信不通になるタイプです)

 

それでもやっぱり未だにコミュニケーションはよくわからない。「相手の身になって」ってよく言われるけど、想像力が貧困過ぎて、相手の身になって言ってるつもりのことがトンチンカンで怒られることもしょっちゅうある。相手が求めてるボールをすぐ返せるようになりたいのですが…相手が言外に含むサインや意図がわからない。だから言葉どおりに解釈するんだけど、もちろんそれは正解じゃない。よくわからない。

人間のレベルがなかなか上がらない。経験値を積んでもレベルアップにつながらない。他の人たちがチートに見えるほどどんどん人間レベルを上げているのに、自分ははねるしか覚えないコイキングみたいになっている。ギャラドスになる日がいつなのか、果てしなく遠くて泣ける。

本当はいちいち「障害」なんて呼ばなくてもみんなどうにか暮らしていける世界が理想なんでしょうけど、今の社会では自分のような人種は障害という属性を持たないと、とても生存しにくい。発達障害という言葉には自分はあまり好印象を持ちませんが、自分の生きづらさの正体がそれだとわかったのは、発見なのかもしれません。

果たして自分が社会生活に支障ないまで人間らしく擬態できるときがあるのでしょうか。きわめて謎ですが、生きていくしかないのでどうにかしていきます。