金曜日の夜をめざして

サバイバル中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

壊れた心は戻らない、からこそ慎重に生きなければならないと思うメンヘラ

この数年思うことなんですが、心が壊れるということは非可逆的な現象である、と。

ちょっと傷つくとか落ち込む程度なら回復するんですが致命的なダメージを受けてしまってはもう駄目だ。それに早く気づいていたらいいんですけど、だいたいの場合壊れてからようやく実感する。「あ、壊れてしまった」と。そうなってから初めて気づく。

よく健康は失ってから気づく、と言いますが、あれと同じです。

 自分は心が壊れないと思っていた

心が壊れるなんて大袈裟なことだと思っていました。心を病むなんて軟弱な人しかありえないと思っていました。そういう病気を持つ人への偏見もありました。本人の気構えが悪いから病気になんかなるんじゃないの?って思ってました。

そのしっぺ返しが自分に来ました。他人に厳しい目を向けたぶん自分が病んでいることに気づけなかった。体が動かなくなるまで気づかなかった。自分のことなのに、心を病んでいることに気づけなかった。

もしかしたら否定したかったのかもしれません。自分が病気なんかになるわけがない、そんな弱い人たちと一緒にしないでほしい、そんな傲慢さがあったのかもしれません。あと病気になったら人生おしまいだとか。薬漬けにされて廃人にされて終わるんじゃないかって、そうなることがとても怖く思えた。

当時膨大な仕事に追われていました。部署は崩壊状態。誰もが自分のことで手一杯で誰の助けも得ることができない。そんな状態で働きづめで精神的にもぼろぼろになりました。

たぶんブラック度ではもっとやばい業界もたくさんあると思います。月100時間以上残業があたりまえとか。教員をやっている友人がいますが、とんでもない状況をよく聞きます。それに比べたら自分はまだまだ「甘くて」「がんばらなきゃいけない」のかもしれません。

それでも無理なもんは無理でした。心が弱いどうこうというか体が無理。これ以上やったら死んでしまう。

 

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 過労やパワハラが引き金になったのかはわかりませんが、躁うつ病を発症しました。基本的にこれは「完治」しません。寛解でどれだけ保てるかが勝負です。再発率は90%。季節や天候によって大きく変わる。予測もできずにいきなり人格が変わる。天気予報みたいに人格予報ができたらいいのにと思います。軽躁で突然とりかかったいろんなことが、うつになると全部だめになってしまう。自分の無力さが情けなくて部屋から出られなくなる。そんなんの繰り返し。

 

これが「心が壊れた」結果です。自分はそんなんと無縁と思っていました。特別な人だけが病気になると思っていました。実はそんなことなかった、自分もそうなるし、周りの人もそうなる。

そううつや発達障害をカムアウトすると「実はうちの周りにも…」と言われた例は多くあります。いちいち表には出さないけれど、そんなに珍しいことじゃないのかもしれません。4人に1人は障害で1度は病むと考えるならば、うつが特別「心が弱い人だけの病気」ととらえる方が不自然でしょう。

 

欠片を集めてくっつけることはできる、でもそれはもう別物

覆水盆に返らず。そういうことなのかもしれません。元に戻したいと願ってもそうはいかないのがメンタルかもしれません。元気ぶってもすぐ再発するんですから。

周りでうつになって一回休職して、慌てて復職する人を何人か見ます。だめですね、あれは…数か月ですぐに再発して休職していきます。元気になったかのように錯覚するけど、一度「壊れた」らそんなに簡単には戻れないんでしょうね。

 

くだけた破片を集めて見た目だけなんとか以前の状態に戻すことも無理ではありません。しかしそれは「くだける前」とは違います。ボンドなり接着剤なりでひびをくっつけただけのものであり、元の綺麗な形状だった心ではないのです。いびつな、次にいつ壊れてもおかしくないような、もろい心です。

 

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 病気になった当初、「もとに戻りたい」と強く願っていました。病気を自分の人生から完全に排除したいと思っていました。ただそんなこと不可能なんですよね…一回こわれてしまったら、無かったことにはできない。壊れないように慎重に生きていけばよかったものの、自分には関係ないと驕ってしまったばっかりに、その反動が来てしまった。まあ痛い目見ないと人間って学習できませんよね…

 

病気がプラスかマイナスか、と言われたら絶対マイナスです。よくある「乗り越えられない壁は与えられない」って言葉は大嫌いです。そんなことが本当にあるのだとしたら、難病やメンタル疾患を乗り越えられなかった多くの人たちはいったいなんだと言うんでしょうか。神様に嫌われていたってことでしょうか?そういう考え方は好きじゃないです。そんなんは「死ぬ気でやれよ、死なないから」と同じで生存バイアスがほざく戯言であり、病気が苦行であることは否定されないはずです。

 

ただなってしまったものは仕方ない。神を恨んだりあるいは別の怪しい神を拝んでも仕方がない。それで病気が治るのならともかく生産性がないのであればぐずぐず言っても仕方ない。だったら、せめてもうこれ以上壊れないように注意すべきでしょう。

 

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 一度メンヘラになると大変です。自分の中に眠っていたメンヘラの種が、何度でも花になって咲き誇るのです。おそらく一生にわたり。だからこそコントロール方法を学ばないといけません。毎回同じミスをするのはバカバカしいじゃないですか。だから自分で自分の手懐け方を学ばないといけない。他人ではなく自分自身が、やらないといけない。自分の心ですから…

 

壊れた心は戻らない、だからこそこれ以上壊れないように常に自分のメンテナンスを行う。モニタリングして少しでもおかしいと思ったら無理せずケアする。そして発病前と同じように振舞わない。

だって発病前に無理したから病気になったわけですから。以前と同じことをしたら病むのは当たり前です。病む前の自分には戻れないのですから、じゃあ今の自分をどうコントロールするか、です。

 

非常に難しいことなので私も課題としています。去年ももう酷かったですからね…今年は少しでもマシになることを目標として、ぼちぼちモニターしていきます。