金曜日の夜をめざして

一人暮らしのリハビリ中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

診断前からそういえばあった、双極性障害シグナル。軽躁、うつの繰り返しだった学生時代

わたしは現在双極性障害2型と診断されています。最初はうつ病だったのですが、過去の症状を医師に話すうちに「もしかしたら双極性障害かも」と言われました。のちに主治医を変えても「躁鬱の浮き沈みがある」とは言われたので、現在のところは双極性障害のつもりで薬物治療などを行っています。

自分が躁うつ病なんて考えてもいませんでした。そんなの無縁と思って生きてきました。自分ではむしろメンタルが強い方と思っていたので、こんなことになるとは思ってもいませんでした。しかし現実として、双極性障害はあります。

そして振り返ってみると、もしかしたら診断されるずっと前から双極性障害の症状はあったんじゃないか?と思いました。思い当たるものを書いてみます。

 「気分屋」「気まぐれ」「情緒不安定」

上記のようなことをしょっちゅう言われていました。気分にむらがあるのは自覚していましたが、かといってそれをどうすることもできないので「気分屋」と言われても困っていました。だって、実際どうしたらいいんですか?気分屋なのは事実ですが、それをコントロールできるのであればすでにやっているわけで、やってもやっても普通の人みたいにメンタルが安定できないのであれば、どうしようもないわけです。

だから「気まぐれ」と言われても不満がありました。大人の癖に情緒安定しろよ、と言われましたが、そんなつもりはなくてもそう思われることにむしろ驚きました。自分は自分なりにがんばって生きているはずなのに、どうにも周囲に迷惑をかけているらしい。開き直っても意味がないのですが、どうしようもないんです…日内変動もあるし、季節によって変わるし、それって普通のことだと思っていました。

 

「自分はこんなにできる」

定期的に自分のことを過信する時期がありました。自分に過度に高いハードルを設定し、それを乗り越えるために必死にやり、まあ実際に達成できたことが多かったです。軽躁の目標志向性の高さはここに現れていたんじゃないでしょうか。この時期は自分のことを「すごい」「もっとできる」「こんなもんじゃない」と思っていました。自尊心の肥大、とでもいえばいいのでしょうか。基本的に自虐・自分はくだらない人間だと思っているのに対し、ときどきまれに「自分はすごい」と思うんです。そして普通では考えられないほど行動する。周囲も驚く。長続きはしないけど。

 

私は双極性障害×発達障害というとんでもないダブルパンチを抱えて生きてきましたが、皮肉にも双極性障害の側面が、発達障害を助けてきた部分もあるんじゃないかと思うんです。

昔からぼんやりした子供で、何を考えているかわからないと言われる(何も考えていない)不注意がひどかった。それでも軽躁のブーストがかかることで、その都度なんとかなっていた。発達障害で浮世離れしていよいよ宇宙人になってきたころ死ぬ気で「矯正」「擬態」を行ったのですが、今思えばあの狂ったような意思の強さは軽躁だったのかもしれない。

 

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私はお世辞にも人格者じゃありませんし、天才でもないし、器用でもないし、美人でもないし、なんのとりえもありません。ただ精神障害発達障害があるだけの、生きづらい歳だけとった大人です。

それでも発症前はなんとかやっていた。人生の各局面で、ありえないほどのやる気と集中力を発揮して、結果は出していた。今では考えられないほどギアが入っていました。まるで別の人間のように。たぶん軽躁だったんでしょう。今はリチウム入れたので、まるで違う人間みたいにバカになりました。軽躁時の凄まじい尖りは消えて、常にぼんやりとした鬱に覆われた状態になりました。

 

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医師は言います、躁があれば必ずうつが来る、だからリチウムで平たんにしなければならないのだ。理屈は理解できます。しかし、悔しいこともあります。もう自分にブーストかけられたあの時代は二度と来ないんだなと。それをやると酷いうつになるんだなと。

まあリチウム飲んでも落ち込むんですけどね。

 

気づいたら線路を見つめていた

軽躁があればうつがある。そのとおりなんです。無理をしたターンの次は必ず落ち込む。人並み以上に努力して神経使って何かをやりぬいた(つもり)のあとは、どんよりとした落ち込みに支配されて動くのもつらくなり、頭が回らなくなり、周囲にも激しく攻撃される。

バイト先でぼろぼろに怒られた後、ぼーっと線路を見ていました。なんでこんなに自分はダメなんだろう、自分は生きている意味ってあるんだろうか、ずっと考えていました。公園に夜中まで座ってぼうっと落ち込んでいたことを思い出します。そうやって落ち込んでいるのをまた「気分屋」と言われてさらに落ち込んだりして、「どうして自分は普通じゃないんだろうか」「どうして周りが求めるように振舞えないんだろうか」とひたすら沈んでいました。

 

あと社会人になって少しした後、異常に落ち込んでいた時期がありました。今思うと、あれが双極性障害発症寸前の状態でした。その前が明らかに軽躁だったんです。眠らなくても平気であちこちに旅行しまくって、浪費もして、テンションも高くて、多弁で(これがよく現れます)、アイデアもどんどん出て、とにかく活発でした。その時期があるときから切り替わって、家から出られないくらい落ち込んだ日がありました。休日を寝て過ごすのは初めてで、約束も反故にしてしまい「どうしたんだろう、なんで動けないんだろう」と困惑しました。

まあ平日は普通に出勤していました。ただ疲れているだけと思っていたので。あれも今思えば躁鬱の波だったんでしょう。

 

激怒

精神科に放り込まれる寸前、パワハラと過労のさなかにいました。精神は錯乱していました。あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざってしまい、自分でも悲しみや怒りもわけがわからず、何を見ているのか何を言っているのかわからない状態でした。

ほとんど記憶がないのですが、覚えているのはものすごく怒っていたことです。普段は聞き流すようなつまらないことで異常に他人を責め立てたり、部屋の中を荒らすことが増えました。眠れないから余計イライラするし、それでも仕事はしないといけないからエナジードリンクとかで無理やり目を覚ますから余計自律神経おかしくなるし、もう疲れすぎて食事もできないし、本当にぼろぼろでした。

 

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 そのころ激怒を繰り返していたのは自律神経が壊れていたのもありますが、軽躁がいよいよ不機嫌躁にまでおかしくなっちゃったんだと思います。今思えばおかしいくらいテンションの上下があって周りにも変と言われていました。身体症状も出ていよいよダメになってきたと思い病院につっこむことになりました。

 

アクセルとバックの繰り返し

いよいよ発症してうつ状態が激しくなって以来、人生は闇の中です。いまだに抜け出せません。つらいことは数知れずですし、メンヘラぶるのも本当はいやなのですが、つらいもんはつらいので、つらいとしか言いようがないのです。

つらいときにふと思うのが「あのころは楽しかったな」「あのころは何でもできてたな」「あのころの自分は活発だったな」って回想です。あのころみたいに戻れたらどんなにいいか。しかし皮肉なことに、私が思い浮かべる「あのころ」というのはすべて、軽躁(推定)状態なんです。全能感を持って挑んでいられたあの時期、それは医者のカルテにすべて「軽躁エピソード」と書かれています。

 

つまり、私の人生が楽しかったのは、病的症状が出ていた時期だったんです。

だから、そのころと同じように生きてはだめだ。そうすると必ずうつに戻ってしまう。悲しいけれど仕方ありません。感動や楽しみ、幸せを感じる能力を失ってしまいましたが、それと引き換えに心身を安定させるのであれば、あきらめなければなりません。

 

楽しかったです、感激した想い出はたくさんありました。軽躁だったけど。

うつになってからは、何かに感動したことは本当に減りました。心が不感症になったと言えば正しいでしょうか、あるいはED?ここ数年の記憶も本当にないです。楽しいこと、良かったことなんてほぼ皆無です。でも、できる限り心を平坦にしないと、死にそうなほどうつになってしまう。それよりかはマシと考えるしかない。

 

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 生きづらいとしか言いようがない。誰に相談しても、文字にしても、ごろごろした気持ち悪さが明確にできない。他人に「普通だよ」「正常だよ」「誰にでもあるよ」と言われても納得できない。年をとればとるほど人間らしいしぐさができなくなっている自分に吐き気がしてくる。いよいよ宇宙に帰らないといけないんじゃないかって本気で怖くなる。

 

探していた答えはない ここにはたぶん無いな

ある曲の歌詞が浮かびます。

不確かな未来へ 舵を切る

 

目の前のことさえ分かりません。頭は相変わらず黒い寒天に包まれています。軽躁になれば脳はスカッとするのですが、それは「病気」なので、もう二度と起こってはなりません。

この先どうなるんでしょう。きっと誰にもわからないんでしょう、私もわかりません。投げやりなあきらめと言うよりは、考えても動いてもどうしようともヒントを掴めない嘆きに近いです。

 

他人と不幸や苦労を比べても意味がありませんが、とりあえず私は今しんどいです。来年の今頃はちょっとはマシだといいですね。