金曜日の夜をめざして

一人暮らしのリハビリ中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

アセクシャルと恋愛感情が無いこととLGBTの話

前にもこのブログに書いたのですが、わたしは多分アセクシャル(無性愛)です。多分というのがまたあやふやなんですけど、別に病気でもないし、医者に診断してもらうものでもありません。自己申告で自分をカテゴライズするのであればアセクシャルという言葉が1番当てはまります。今のところは、です。

 

好きになれる人がいなかった

なぜ人間は他人を好きになれるんだろう、他人をパートナーにしたがるんだろう、それが古くからの疑問でした。それは生物の本能で当たり前のことなんだと言われたらそれまでなのですが、わたしにとってはどうにも奇妙な現象に思えた。

 

たとえばかっこいい人がいたとしても「かっこいいなあ」と思う。そこから先には進まない。他の人はそうではないらしい、自分のものにしたがるらしい。その感覚がいまだにわからなくて、自分はいったいなんなんだ?といろいろ調べてるうちにアセクシャルにたどり着きました。確定事項ではありませんが、これ以上に共感する表現はありません。

 

学生時代によくある恋バナとかも非常に苦手だったし、なぜそんな話を延々とできるのか、クラスの誰が好きかとか、それで盛り上がるのかがよくわからなかった。人気のある人はたしかにカッコいいのかもしれないけど、それで本格的に恋愛感情を持つことがなかった。謎です。

 

まだ出会ってないだけだよ

よく言われるのはこの言葉です。そりゃ学生とか若い人にはそういえばごまかせますけど、こっちはアラサーでもう自己というものも形成されているわけで…

恋愛という人なら普通にすることがやっぱりよくわかんなくて、お試しで交際したりもしましたが、結局よくわからないまま別れました。いい人に出逢えば人生変わるんでしょうか?でもまず自分が発達障害精神疾患のハンデ持ちだから、そんなの相手してくれる優しい人はそうそういないでしょう。

 

人の美醜がわからない訳ではなく、俳優やアイドルを見てカッコイイとは思います。しかしそれ以上のなにかはない。現実でもそう。薄い膜が張られたように遠い世界に思えて、妙な感じです。なんでみんなスイスイと人を好きになれるんだろう?首をかしげてしまいます。

 

「ない」の証明は難しい

アセクシャルはLGBTQAのAに該当するそうですが、セクマイの中でもちょっと種類の違うものなのかもしれません。わかりやすくいえばゲイ=男性を「愛する」男性、レズビアン=女性を「愛する」女性ですよね。「愛する」ことの証明は比較的簡単ですが、「愛しない」ことというのは証明が難しい。まだ出会ってないだけじゃないの?他人に興味がないだけなんじゃないの?もっと出会う努力しなよ。

 

そう言われるとこちらもどうにも否定しづらい。私は人を愛せないんだ、と言うととんでもなく残酷な人間のように思える。そしてどこかにいるのかもしれない「運命の人」を探す努力もせずに諦めていると思ってしまう。一昔前の草食系とでもいいましょうか。もっとガツガツしないとダメだよ!と言われる。

 

しかし…やっぱりなんか違うんですよね。アセクシャルの本を読んでて共感する部分が多い。スキンシップ嫌いは自閉症スペクトラムに多いとかね。ドンピシャですよね…わたしはスキンシップが本当に本当に嫌いで、手を繋ぐのさえ吐き気がするのでマジで病気というかカウンセリングが必要かもしれません。

 

一時期はあまりにも恋愛ができないので自分はレズビアンなのではないか?と疑ったこともありました。でも可愛い女の子を見てもどうこうしたいとは思わなかったから、やっぱり違うなと思いました。

 

そして「女の子扱い」されることに強く違和感を持ちました。自分のジェンダーが女であるのは納得しているけど、他者から女と扱われるのは凄く変な感じがする。パンプスもワンピースも別に嫌ではないけど、誰かに褒められるためにそれを着るわけでもない。

 

変な感じが昔からずっとあります。言葉にしづらいし、他のセクシャルマイノリティと違って「ない」ことを示す属性というのは、なかなか難しいものです。当事者からしたら「ない」としか言いようがないのですが、たぶん大多数からすると「なんだそりゃ」なんだと思います。

 

人をちゃんと好きになる感覚を持ってないというか、その能力が極めて弱いというのか。嗅覚が非常に鈍いんだと思います。そしてパーソナルスペースが広い。男であれ女であれ近づいてこられると生理的嫌悪感がある。これが何故なのか、発達障害ゆえの過敏性なのかは知りませんが、これを克服しないと恋愛どころじゃないだろう…と思います。

 

彼氏よりパートナーが欲しい

ここ数年やたらと周りが結婚していきます。アラサーともなると当然でしょう。最初は悔しかったし羨ましかったけど、もう諦めてきました。

 

わたしはとんでもなく性格が悪いし、双極性障害で気分はコロコロ変わるし、発達障害でうまく生きられないし、こんなんがスムーズに結婚できたら逆に奇跡だと思います。親も前まではごちゃごちゃ言ってきましたが最近は無言です。とりあえず病気治して仕事についてからの話だ、ということです。

 

ときめくことができない体(脳)なのだろうと思います。アラサーになるまでその感覚がないのだから、多分この先もないのであろう。しかしアセクシャルだからといって、なにか訴えたいことがあるわけでもない。他のセクマイと違って同性婚とかの推進運動をするわけでもない(わたしは同性婚に賛成です)恋愛をしない自由を訴えるというのも変な話ですし、せいぜい右手の中指に黒いリングをはめることくらいでしょうか。

 

実社会で害を感じているわけではないのですが、時折「??」となってしまいます。フィクションの中の恋愛はなんとか理解できる。でも現実にそれを持ち込まれるとなぜか異様な違和感がある。他人と接することに猛烈な嫌悪感がある。当たり前にふられる恋愛トークに「とくに言うことないんだけどなあ」という気分になる。

そういや「バリア強いよね」と言われたこともあります。いま思えば、変なやつって意味だったんでしょう。

 

この先だれかを好きになることがあったとしても、それは恋愛的な意味ではなく、友愛的なそれなんじゃないかと思います。ときめく関係はよくわからんから、一緒にいてラクな人をひたすら探す必要がある。ここまで気難しい自分でも付き合ってくれる仏のように優しい人を見つけなければならない。厳しい。

 

将来のことを考えてもよくわかりません。子どもができるとも限らないし。だとしたら今飲んでるリチウムとかは切るから頭混乱必至だし。そもそも結婚できるかもよくわからない。友達はすごい勢いで結婚したけど自分がその波に乗れるわけもなく、波打ち際でバタ足状態です。

 

ただなんとなく、もう「人を好きになる」感覚は理解しないままこのまま生きていくのだろうと思います。友情や尊敬は理解できるけど、恋愛感情を持つことは無い。他人がそれを持つのはわかるけど、自分はそれには該当しない。

 

人を好きになるのがあまりにも苦手、人を好きになる能力が弱い、そういう状態にあえて名前をつけるなら、アセクシャルなのだと思います。

 

とくに実害はないので別にいいのですが、理解者がいないとなんとなく寂しいものです。同じように思ってるアセクシャルもしくはアセクシャル予備軍とかいないでしょうか。「出会いがないだけだよ」と言われて違和感を覚えるあの感じを共有できたら嬉しいんですけどね。