金曜日の夜をめざして

サバイバル中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

ひきこもりだろうと障害者だろうと生きる権利はあるはずなのになあ

ひきこもりの定義めっちゃ厳しいですよね。あんなんわたしも余裕で該当するわ。休日もリアルコミュニティに属してないとひきこもりらしいですよ。休日なんて寝るためにあるようなものなのに何を言っているんだろう。弱小HPの自分には理解ができません。周りがみんなスーパーサイヤ人のように見える。

 

ひきこもりは犯罪者予備軍…ええ…?

去年の新幹線の事件でもそうでしたが、犯人が自閉症スペクトラムであることがあたかも悪いことであり事件発生の原因であるかのように一部マスコミが報道していたのは、気分のよろしいものではありませんでした。まるで自分と違う異常な生き物だから犯罪を犯してしまったのだ、そうに違いないと断じるような口ぶりが非常に気に食わなかった。

原因探しをしたいのはマスコミあるいは民衆心理なのかもしれませんが、少なくとも発達障害そのものが犯罪の卵であることは違うでしょう。二次障害がある場合は仕方ありませんが…

 

最近の報道を見ていると、まるでひきこもりだから社会性や倫理観を失って、他害性の強い犯罪者になってしまったのだみたいな論調が見受けられて、いやそれだけが原因ではないだろう…とひきこもり無職の一員としては思うわけです。風当たりが強くなるのは嫌だな。

社会に出たくてどうにかしてる人、やむをえず社会に出られない人、いろんな事情があるにも関わらず、十把一絡げにひきこもりは大悪人みたいに簡単に言うのはとても怖い。

自分の外に原因を求めてしまえばラクですけど、意外と近くにあるかもしれないじゃないですか。いつ自分が当事者になるかわからない。関係者になるか分からない。ひきこもりをまるで別の星の生物のように考えるのは、ラクですけど解決策ではないですよね。

 

自分のすぐ近くにいる

遠くにいるものだから適当に怒りや叩きができるかもしれませんが、じゃあ自分が絶対に関係者にならない、一生無縁の問題ですむ、とは限らないでしょう。自分が病気や怪我で家から出られなくなるかもしれないし、親や兄弟、子供がひきこもりになるかもしれない。

得体の知れないモンスター扱いする人もいますが、いつ自分がそれになるかはわからない。人生の中でなにが起きるかなんてわからないです。ひきこもりは決してエイリアンではない。

 

そうこう言うわたしもつい数年前までは、ひきこもりなんてありえないと思う側でした。仕事をして社会に出ることが大人として当然であり、それが出来ない人なんてありえないと思っていました。狭い視野です。

病気になって、障害が発覚して、自分がいかに小さい世界で生きていたかがわかりました。自分の見る常識が狭すぎること、健康であることへの傲慢、そうなれない人に思いやりすら無かったことを知りました。そしてそれを他人に強制できないことも。

結局当事者じゃないとその苦しさなんてわかりませんし、他人が適当に批判しても意味がないんです。

 

たとえば「うつは甘え」って言われても今ではバカ言ってんじゃないよとしか思いません。無知な人がなんかほざいてるとしか思えないので、聞く耳も持ちません。

だけど、うつが甘えという人は結構本気なんでしょう。そう思わないとやってられないのかもしれません。激務でメンタル病んでいく同僚や部下への嫌味で言ってるのかもしれません。事実がどうであれ、そう言うことでしか自分を防衛できないのかもしれません。

今の苦しさから目を逸らすために簡単に問題をカテゴライズして叩きまくる、なぜならそれがラクだから。自分に無関係と切り離して石を投げまくる立場はラクだし楽しいですからね。

 

雑に問題をまとめないでほしい

今回の報道でなにが嫌って、ひきこもりなり精神疾患なりそういうものに原因を求めて、「だからひきこもりは全員悪なんだ」みたいに集団叩き、社会の幽霊だから放棄していいんだ、自分たちとは無関係なんだと結論づけてしまうことです。

1人の犯罪者に対してそう決めつけることはともかく、今ひきこもりと定義されている人は60万人とされています(実際にはもっといると思う)。その人たちの声は、果たして例の犯罪者と同じものだろうか。きっと違うでしょう。だけど、ひきこもりという名前で、彼らにも同じラベリングをしてしまうのは適切な行動なのでしょうか。

犯罪を庇うつもりは一切ありません。加害者も絶命した今となっては本当の動機などわかりません。家から見つかったのはテレビとゲーム機。笑わせてくれます。どうしても動機を犯人のひきこもり生活の中に見つけ出したかったのでしょう。

ただ、1人で死ねよとかひきこもりは悪だとか、そういう強い論調が、他の誰かを焚きつけるリスクは十分にあると思うのです。自分でもどうにかしたいのにできない、コンプレックスや弱さや困窮感にまみれて生きている人が、社会からの強い声に押しつぶされてしまわないか。「これが正義」に組み敷かれて、悪い結末に向かっていかないか。

それが不安で仕方ないのです。ひきこもりに限りません。いろんな事情で苦しんでいる「弱い環境で生きる人たち」を責めるものになっていないか。怖くなるんです。

決して犯罪者予備軍は遠い世界の生物じゃない。お隣さんかもしれないし同じクラスかもしれないし隣のオフィスビルかもしれない。

繰り返しますが他人を巻き込んで事件を起こすことは悪です。そこは変わらない。犯罪を受容する気は一切ない。

ただ、犯人の属性をとりあげて、あたかもそれに類似した人達をすべてモンスターの卵みたいに認識することは、きわめて危険なんじゃないかと思うのです。眠る獅子の尻尾を踏むというのか、ギリギリのバランスで立ってる卵を転ばせてしまうというのか、そういう危うさがあると思うんです。生きる権利はある。社会に属する権利はある。

そのためのサポート体制も、探せばある。時間はかかるでしょうし精神的にも肉体的にもきついでしょうけど、這いずれば何か細道を見つけられるかもしれない。

その道を世間が完全に断絶したとき、恐ろしい事態に発展するんじゃないでしょうか。追い詰められたらネズミでさえネコを噛むんです。

自分も社会的弱者ですが、自分の属性をあたかも犯罪者の条件みたいに言われたら非常に腹が立ちます。

外野からバッシングするのは楽しいし無責任に済みますが、ありえないと叩きまくるその人たちもまた、自分らと同じ人間です。いつ自分たちもそうなるかわかりません。生涯無関係の生き物ではない。

今回の報道が誰かを深く追い詰めて、悲惨な事態を招かないことを願います。