金曜日の夜をめざして

サバイバル中アラサー。うつ病とか発達障害とかいろいろ

いじめられていたことにも気づかなかった発達障害の小学生

ブログを見ればわかる通り、私は発達障害です。今のところ広汎性発達障害と診断されていまして、俗にいうアスペルガーADHDの特徴を備えています。そのうえ双極性障害という気分障害も持っているので、控えめにいって詰みまくっています。しかもこれらが発覚したのはここ数年なので、子供のころは全くスルーされていました。小さなころに気づかれて療育とか行われていたら状況は違っていたんでしょうか?よくわからないですが、とりあえず今大変です。仕事を失って就労移行支援とか行きながら先のこともぼんやり考えてはいます。何が起きるかなんて誰にもわかりませんけどね。

 

たぶん発達障害でいじめられてたんだろうなあ

カウンセリングで昔のことを振り返ってみてくれと言われます。幼少期の行動とか学校での態度とか、トラブルが発生していなかったか。大人になると発達障害の特徴をマスキングしてしまうので、むきだしの子供のころのデータを取りたいようです。

ひとことでいうと酷い子供でした。たぶんめちゃくちゃ手がかかる子供でした。ほかの子供と比べてきわめて聞き分けが悪いしワガママだしノロマだし空気も読めないし、ひどいポンコツでした。自分が親だったらこんな子供絶対育てたくない。親の心の広さにびっくりします。子供として全然かわいくなかったし、根性が悪い自覚もなかったから、なぜ周りに嫌われているのかもわからない。というか嫌われていることにも気づかなかった。

 

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それをカウンセラーさんに言うと「発達障害の特徴ですね」とすっぱり。空気が読めない典型例でしょうと。子供のわがままの範疇を超えていましたからね。どうして昔はあんなに癇癪持ちだったのか自分でもよくわからない。

で、それだけおかしい行動を日々繰り返している子供が、集団でなじめるわけもないんですよ。ここに書けないような奇行を日々繰り返している子供に先生も頭を抱えるわけですよ。昔だったから「ちょっと変な子」で済んだんでしょうけど、今だったらそれも無理でしょう。最近は厳しい基準らしいですからね。

まあ嫌がらせのようなものも受けました。当然ですよね。自分がそれをやってるんだからやり返されても仕方ありません。総スカンを食らったこともありますし、なんか持ち物を取られたこともあるし、悪口は普通に言われたり。自分がターゲットになっているんだなあ、ということに気づいたのは、なんと数年後。いじめられてたことに自分で気づかなかったんです。やばいくらい空気が読めない。

 

いじめられていたことさえ分からない

よくいじめを受けて自信をなくして不登校、ひきこもりになったケースとかありますけど、いじめられている自覚がある、自覚できるだけ、なんといいますか…情緒があるんだなあと思います。自分は確か小学生のころ、1年近くいじめられていました。クラス替えまでそれが続いていましたから、けっこう長かったししんどかったはずです。だけどそれを「いじめ」と認識すらできていなかった。

 

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いじめという言葉は知っていたしドラマや漫画でそれが描かれているのはわかっていたけど、自分の身にそれが起きていることさえ分かってなかった。空気が読めないが極まると、自分が害されていることさえ察することができないんですよね。プリント回されなかったりそういう行動の「悪意」にさえ気づくことができなかった。

なんでみんなこっちに寄ってこないんだろう?話しかけてこないんだろう?消しゴム貸してくれないんだろう?気にはなりますけど、それが「いじめ」と紐づかないんですよね。たしか当時空想癖がやばいくらいあって、常に現実と空想の境をうろうろしていた(この症状はなんと大学生まで続きます)ボケーっとした子供だったので、現状認識能力が極めて低かった。その結果、いくら嫌がらせをされようと「抵抗する」「悲しむ」などのリアクションを取ることさえできない。親や先生に相談する発想もありませんでした。いじめられている自覚がないので。友達がいないのは寂しくもありましたが、もともとボーっとしてるし、ゲームしたり本読んでる方が楽しい子供だったので、いじめと戦う気もありませんでした。

たぶん当時の状況を親が知ったとしたら、抗議してると思います。やってることは完全にいじりを通り越していじめだったから。ただ、親がそれを知るのって当事者の子供経由なのがほとんどじゃないですか。で、それを申告しない子供の場合いつまでも状況は変わらない。そして子供がいじめられている自覚を当事者さえ持っていない。そうなるともう、手のつけようがありませんよね。教師なんてあてにならないし。解決してくれるはずもないし。

 

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そんなこんなで叩かれたりハブられたりが日常になってはいましたけど、良い意味で発達障害が働いた(?)のか、いじめは自然消滅していきました。中学以降はさすがにいじめられてなかったと思うんですけど、これも自覚がないパターンなのかもしれない。怖い。

 

親が「目」になる必要があるのかもしれない

いじめ問題は本当に根深いし、人類が人類である以上ずっと続くと思います。根絶は難しいと思う。人間はどうしても比べてしまう生き物だし、リスクなく叩ける存在を見つけたら集団で襲い掛かる、そういう醜い根性を誰しも持っていると思います。そして発達障害という現代社会ではデメリットとされる性質を持っていると、集団の中で目をつけられやすい。これはもう仕方ないのかもしれません。「普通」であることを過度に求められるのが日本のクソ教育ですから、その枠からはみ出た存在なんて平気で叩いてもいいんですよ。まともじゃない方が悪いんですから。ほんとバカみたいな話ですけどね。

で、まだ被害者が「いじめがある」って保護者に訴えられるのであればまだ打つ手はあるのですが、私のように「被害に遭ったことすら気づかない」存在って意外といるのではないか?とも思うんです。そりゃ今でこそいい大人ですから、多少は他人の悪意に気づくこともできますが(できてないかもしれない…)子供なんて情緒が未熟だから、自分に向けられる感情の意味なんて理解できない。そういう子も意外といるんじゃないかと思うんです。で、そういう子は訴えないから、周りも気づかない。いじめっこたちも都合がいいからいじめる。教師は知らんぷりかそもそも気づかない。「空気が読めない」からいじめられてるのに「空気が読めない」からそれに気づかない。そういう循環の中で生きている小さな子って結構いるんじゃないでしょうか。

だから、ひどい加害に遭う前に、保護者がそれをキャッチすることも求められてるんじゃないかなって思います。服ボロボロで殴られてたらさすがに気づくでしょうけど、いまどき外傷のないいじめ方なんていくらでもあるわけですから、大人に気づかれずに痛めつけることは十分に可能です。それがどんどんエスカレートしていかないように、子供が被害を受けている可能性を常に考えていかないと、私のようにボケーっとしてる間にいろいろされる羽目になるのかもしれません。子供って残酷ですから「自分たちと違う」個体を瞬時に見抜いて攻撃を加えて、排斥しようとします。学校と言うバカみたいに狭い世界の中でカーストを作って、はじき出したいヤツに悪知恵を使って攻撃します。そして「発達障害は個性ではない」。これは繰り返し言っていきたい。発達障害は個性ではない。

 

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 よく発達障害の人には天才が多いなんて報道されたりもしますが、そんなことあるわけない。ごく一部の発達障害の人にはそれが該当するかもしれませんが、実際には社会生活も苦労するレベルの人ばっかでしょう。マルチタスクコミュ力が求められる現代社会で発達障害の凸凹は「個性ではありません」。昔は個性だったのかもしれませんが、今ではそうじゃありません。生きていく上での障害です。生きづらさの原因です。

だからこそ、子供が特に小さいうちは、親が「目」になる必要があるんじゃないかと思います。発達障害を抱えた子供をあたたかく受け入れる人の良い学校ばかりじゃありません。むしろ冷たい目で見る方が多いでしょう。性善説に期待しない方がいいです。子供が不必要に嫌な目に遭わないように、そして他人を嫌な目に遭わせないように、深く注意するのが保護者の役割なんじゃないかって最近思います。

適当になるがままにいじめもほったらかしで暮らしていると、生きづらさを抱えたまんま大人になるんじゃないでしょうか?今の私のように。