うつアスペ会社員と呼ばれて

うつ病とかアスペルガー症候群とかいろいろ

変わった子が普通になるために自分を殺した結果、メンヘラになりました

この記事は、下記の続きです。

 

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 わたしはとにかく幼少期から生きづらさを抱えており、どうでもいいことでトラブルを起こしては人に嫌われ、怒られ、迷惑をかけ…常に「自分は最低だ」と思っていました。大学時代にはあらゆるところから罵倒され、いちど本気で自殺しようと思ったこともあります。いつまでも踏切に立っていたのですが、待てども電車が来ない。そのあいだに精神科に電話したら、事務のババアが死ぬほど態度悪い。当時私は精神科に偏見を持っていたので、「なんだ精神科なんてやっぱりこういう屑の集まりか」と思い、そしてそう思うと、不思議と少し気分が楽になりました。

生きづらかった私の転機になるのが就職活動です。

「まともな就活生」をコピー

まだまだ不景気な時代だったので、新卒でもない内定なんて当たり前でした。いきなり無職になるのは怖かったので、たくさん本を買い込んで、説明会にも行って、積極的に就活しました。そして観察しました。「就活生」とはどんなものが好まれるのか。就活生には個性は必要ありません。髪の毛は黒くあるべきだし、シンプルなヘアアクセでひとつにまとめるべきですし、真っ黒のリクルートスーツ、かばん、パンプス、ベージュのストッキング。就活生としての「お作法」があるわけです。

そして喜ばれるESの書き方、模擬面接の回答応酬…これは何百回も練習しました。自分に叩き込みました、「こうすることでウケる」と。普段のふわふわしたコミュニケーションより、勝ち方がある程度はっきりしている就活のほうが、わたしにとっては攻略しやすいゲームでした。わたしは緊張するタイプではありませんし、言語性IQが高いアスペならではの「口だけは達者」人間なので、面接は本当に勝率高かったです。

就活しながら、このシステムについて疑問を抱くこともありました。中身がめちゃくちゃな自分のような人間でさえ、あるルールさえ覚えてしまえば、審査に通過してしまう…しょせん茶番、寸劇…それでも、ありがたくは思っていました。今までは人間として評価されることは全くない人生だったので、「就活」で高く評価されることは、自己肯定感を大きく上昇させました。

まあ、いま思えば、この就活ハイも、軽躁の症状だったのかもしれません…寝ないでESを何十社も書いたりね…

 

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社会人→やらかし連発、過労、パワハラ

就活は決まったお作法さえクリアしていれば勝手に内定できるシステムだったので、特に苦労することはありませんでした。いや、めちゃくちゃやっていたのですが、当時はあまり疲れを感じていませんでした。軽躁だったんでしょうね。その後も卒業に向けてばたばたやっていたのですが、当時はすべてが楽しくて仕方なくって、いま思い出しても「あのころが一番人生充実してたな」って思うんです。明らかに軽躁ですけどね。

 

さて、軽躁ワールドのまま、社会人になってしまったわたしは、いろいろやらかします。やっぱりアスペなので、想定外のことがさっぱりわかりません。コミュ力の高い同僚を見て「すごい…」と何度思ったかしれません。わたしは上司いわく「最初は期待してたんだけど…」だそうです。これはいつも言われます。口だけの人間なので、実際に働かせるとちっとも使い物にならない。それでめちゃくちゃ怒られる。それが日常でした。そうするとわたしも「なんでこんなにダメなんだろう」と落ち込む。自己肯定が消えていく。上司も「変な社員」「どうしたもんか…」と言っていましたし、わたし自身どうしていいのかわからず、とにかくググりまくったり、コミュ力がある人のまねをしまくりました。

情緒不安定だし、挙動不審だし、頭でっかちのコミュ障。さぞかし使えない社員だったと思います。それでも最初はなんとかなっていました…新人ということで許されたところもあったし、仕事はなんだかんだでやりがいを感じていましたし(いま?あるわけないだろ)これを覚えて一人前に早くなりたい!というピュアな志があったわけです。そんなピュアなところを支えてくださった方もいらっしゃったので、どうにかなっていたけです…

 

問題は激務部署に異動後です。だれひとり味方がいない。敵ばかり。すべてがうそに思える。自分の言葉を歪曲改ざんされて広められて中傷されているかもしれない。このメールもすべてうそかもしれない。会議もうそかもしれない。すべてはわたしを陥れるうそなのかもしれない。相談できない。相談できる時間が無い。体力が無い。寝たい。休みたい。帰りたい。考える時間が無い。考える脳がない。体が痛い。何も感じられない。どうしようもない。

 

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 冗談じゃなく、全身から血を流しながら、仕事をしていました。生理じゃないのに不正出血が大量にあふれていて、おむつみたいなのを履いて朝から深夜まで仕事をしていました。自分の状態が異常なのは認識していましたが、「だから何?」でした。当時、新規プロジェクトが大量に発生しており、誰もが自分の仕事で手いっぱいでした。わたしも当時の年次にしては不相応なプロジェクトのリーダーをやっており、はっきり言って死ぬほどつらかったです。当時のわたしはバカ正直だったので、「こんなのできません」ってつっぱねればよかったんです。なのに、「これが成長のチャンスだから」「これができる社員はほとんどいないから」みたいなことを言われておだてられて、簡単におじさんたちの罠に引っかかってしまいました。

自己肯定できていない人間をひっかけるには「きみは他人とは違う特別」ということを繰り返し言うのが効果的だそうです。つまりそういうことです…明らかにキャパシティを越えた仕事でしたが、誰にもそれを手伝ってもらうこともできず、毎日毎日が、ただ過ぎていきました。この期間に、感情などありませんでした。ただ、仕事をするために生きているだけ。それだけでした。

 

そのあと、度重なるパワハラと過労で、生命の危機を感じたわたしは、うつ病と診断され、休職することになりました。

もっとやりようがあったと今では思います。「こんなのできるかボケ」って素直に言えばよかったのです。でも、当時は、そんなことができる環境ではなかった…「できないゴミなら辞めてくれ」そう言わんばかりの、とんでもなく忙しい環境だったのです。今でこそ多少は改善されていますが、わたしがうつ病になった当時の環境は、最低最悪でした。人間の心を破壊するために最適な環境でした。今ほどハラスメントなども問題視されていませんでしたし…ほんの数年違うだけで、人生の歯車は変わるのです。仕方ないとはいえ、ため息が出てしまいます。

 

結局、なんで病んでしまったのかいろいろ考えたんですけど、やっぱり根柢にあるのは「普通じゃないと言われるのが怖い」「評価されたい」「認められたい」「あなたは正しいと言われたい」という感情だったんです。幼少期にすりこまれた、「おまえは普通の子供じゃない」という偏見。それを打ち消すために自分を殺して他人のコピーをして、普通の社会人を演じられたつもりだったけれど、身分不相応な努力はいつしか限界を超えてしまい、精神ぶっ壊れるまでに至ってしまった。

ただし、正当性の評価を他人に求めているうちは、自己肯定はいつまでたってもできない、そう思います。自分で自分を認める、これでいい、誰がなんといおうとこれでいい、クズと言われようと知ったこっちゃない、自分は自分でいい…そういうことを自分でちゃんと自分に言い聞かせないと、また「うつ」は確実にやってくる、そう思います。まあわたしは双極性障害なので、ほっといてもたいていうつの運命なんですけど…。

 

とにかく、他人に認められたくて「自分を殺して、他人をコピーして」いろいろ努力しましたけど、結果として病気になってここまでこじらせてしまったので、まあ無理してもあんまり良いことないってことです。生きていることは、本当につらいことです。