うつアスペ会社員と呼ばれて

うつ病とかアスペルガー症候群とかいろいろ

「普通に生きる」ってなんですか?幼少期から生きづらさに悩むうつアスペ会社員

うつアスペ会社員のもみじです。

それにしても生きていくのはつらいこと。

普通にぼんやり生きていきたいだけなのに、そうもいかず、壁にぶち当たってしまうこともたびたびあります。

そもそも「生きづらい」んですよね。うまく言葉にすることは難しいのですが、小さなころからとにかく生きづらく、自分が「普通」のカテゴリに入ることができないのに悩み、いろいろ困ったこともありました。

「普通の子供らしくいなさい」

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小さなころから教師に言われていた言葉です。私が教師大嫌いなのはこの言葉をしょっちゅう言われていたからです。いや、普通って何よ?お前らがコントロールしやすい従順な子供のことを「普通」って言ってるだけでしょ?わたしみたいないうこときかないクソガキはうざいっていう、それだけのことでしょ?わたしが人格破綻者みたいなことを繰り返し言われるの、非常に不愉快でしたね。

思い返せる記憶でも、保育園あたりから「普通の子供らしくない」「人と同じようにしなさい」と言われ続けてうんざりしていた記憶があります。なんで?なんで自分がやりやすいように生きていたら「おかしい」と言われなければならないの?なんで教師に上から怒鳴られなきゃいけないの?怒られても理由が意味不明でしたから、ひたすら教師への怒りをため込むばかりでした。今でも教師は嫌いです。

 

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 そりゃ変な子だったと思います、ヒトと一緒に遊べないとか、独り遊びに集中してしまうとか、外で遊ぶよりかは本を読むのが好きとか、「普通の子供」らしくない子供だったから、保育士的にはイライラしていたんだと思います。しかしそれにしても、3歳くらいからアイデンティティの否定を繰り返されて、思えばこの時から「怒り」の感情は生まれていたんでしょうね。どんだけ教師に注意されようと、注意される理由がわからないから、どんどん反発していきました。他人にけがをさせるなとか、モノを壊すなとかならロジックが理解できるのですが、「他人と同じようにやれ」は意味が分からないのです。それが「社会性の証明」なんでしょうけど、それを強いられるのがどうにも不愉快で仕方なかった。

 

小学校…いじめを気づいたら受けていた

永遠と思えるような6年間でしたし、やっぱり教師はくそだなって思った6年間でした。はっきり言って尊敬できるような人なんていねえよなって思いました。自分の都合のいいように動いてくれる子供を「いい子」シール貼ってかわいがって、通信簿でいい点つけて褒めそやす、そういう仕事なんだなと思って、ますます性格がひねくれていきました。

いじめられましたねー。「周りと一緒に遊べないのはおかしいからもっと社交的になってくれ」って毎日のように圧をかけられて、もううんざりしていました。読みたい本とかたくさんあるのに全部取り上げられて、体育館とかに無理やり連れだされて、大嫌いなドッジボールとかさせられるんですから。「時間の無駄」でしかなかったでしょう。だってドッジが好きな人にとっては運動音痴の付き合いをするのがうざかったでしょうし、わたしはやりたくもないドッジをする昼休みが苦痛で仕方なかったんですから、誰が得するのこんなの?って感じです。あれで得られたものは何もなかった。

 

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人の気持ちに鈍く、空気を読むのが極端に下手で、「人間らしい」言動、挙動をすることがとても不得手な子供でした。昔から「かわいくない」とよく言われていましたが、最初は容姿のことかと思っていたら、どうも「言動・態度」も子供っぽくなくてかわいげに欠ける、ということで、ますます頭を抱えました。どうも子供というのは「子供らしく」しないと「子供らしくてかわいい」という評価をいただけないらしい。

クラスメイトの親とかにもめっちゃ馬鹿にされていたというか「あの子やばくね?」みたいな目を向けられていたらしく、まあ一言で言えば腫れ物扱いですよね。それに気づいたのも学校を卒業してずいぶん経ってからなので、当時はわからないし、それに気づけないくらい、やっぱり「にぶい」子供だったんです…そして、そんだけどんくさい子供っていうのはいじめられます。いじめられるのですが、わたしはいじめられることにさえ気づいていない鈍感の極みみたいなクソガキでした。

 

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 わかりやすい自閉というのか、他人のことに興味が無いので、他人が自分に何をして来ようと、「嫌がらせしている=嫌われている=いじめられている」という発想に行きつかない、というのが、本当にやばい子供だと思います。毎日いじめられているのに普通に登校していましたからね。いつの間にかいじめは終わっていました。つまらなかったんでしょう。

 

「普通」に生きないと社会からはじき出される

これを痛感しだしたのは大学生のころ…20歳くらいでしょうかね。いわゆる「リア充」とか「コミュ障」とかいう言葉が生まれ始めて、自分をカテゴライズするなら絶対「コミュ障」だろうと自覚し始めたころです。さすがにこのころになると自分と他人を比べ始めますし、「なんであの人は人付き合いがうまいんだろう」「なんであの人は友達が多いんだろう」と気になり始めます。遅すぎだろう、ですが。

当時わたしは「普通にやれない」ことに悩んでいました。普通に会話できないこと、アイコンタクトできないこと、大人数になじめないこと、団体行動ができないこと、言いたいことが伝わらないこと、会話が成り立たないこと、どうも自分がやってることは「普通」じゃないらしいこと、を気に病み始めていました。今思えばそれは典型的なアスペの症状だったんでしょうけど、これをどうにかしたくて、それは必死にコミュの本を読んで、試行錯誤しました…いろいろ読んで行き着いたところは「自分を殺す」この結論でした。

 

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 ドッジボールのように自分の言いたいことを一方的にぶつけまくるから会話が成り立たない。まずは相手の言いたいことを想像して、自分がどんな返答をすれば相手が喜ぶのかをイメージトレーニングする…これをずーっと続けていました。本来だったらこんなことは小学生や幼稚園児でもできることなのですが、成人過ぎてようやく自覚し始めたのです…「相手にも心がある」ことを、20にしてようやく知ったというわけです。本当に自己中というか、浅はかに生きてきた人生だったと思います。

それからいろいろあって、社会人になって、病んで、今にいたるわけですが、それでもやっぱり「普通に生きること」は難しいとしか言いようがありません。そりゃ誰だって大なり小なりしんどいとは思いますが、発達障害もちで暮らしている人間からすると、「宇宙人」が「地球人」の心をイメージしながら常に擬態して生きていくわけですから、時々「やってしまった」と思うこともありますし、たぶん自覚していないうちに失敗していることも多々あるんでしょう。

 

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 いやしかしそれにしても「普通に生きる」とは難しい。その幻想の中に暮らしている人というのはいったいどれほどの数いるのでしょうか。普通なんてありえないと思いますけどね。それでも「普通じゃない」人というのは社会からはじき出されますし、周りから叩かれる。異様なものはきもちわるがられて、昔の自分みたいにいじめられる。そんなのが世の常なんだろうなと思うと、ああもうめんどくせえなあというか、物心ついたころから「普通にやりなさい」と説教してきたあの教師どもうっぜえなあというか、こんなことではラブアンドピースも世界平和もそりゃ実現しないわけだよと思うわけです。ヘルプマークさえ浸透しない現実ですから。

 

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 きょうもヘルプマークつけて優先席にいたらめっちゃ睨まれたんですけど…本当になんなの?そんなに気に入らないの?「内部障害」がある人が「優先席」に座るのは「普通」じゃないんですかーーー????????

本当に歯ぎしりしたくなります。心も体もストレスで焼き切れそうですよ、ほんと。