うつアスペ会社員と呼ばれて

うつ病とかアスペルガー症候群とかいろいろ

発達障害は「個性」と言う人もいるけど、じゃあ社会や仕事で活用できるかというと別問題

発達障害会社員のもみじです。

生きづらいと常々思っていましたが、昨年行った知能テストの結果、脳機能に偏りがあることを指摘されました。

結果は、広汎性発達障害とADHD。まあいわゆるアスペとADHDのハイブリッドってことです。

確かに昔から「普通になれない」感覚は抱いていましたし、社会になじめないことを自覚はしていました。ほかの人たちと自分は違うことはわかっていました。もちろん悪い意味でです。

しかし、テストでいざ明らかになってしまうと、ショックが大きいというか…ああ、そうなのか、そうか…そうか…(無言)ってなってしまいます。

発達障害は個性なのか

 

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発達障害に限らずですが、障害は個性なのかという話。障害を「害」と書くことに抵抗がある人がいたり、「障害は個性である」という人もいますが、わたしは正直どうでもいいです。障碍者だろうと障害者だろうとカテゴライズされる人の内容は変わりませんし。しいていうなら障碍者のほうがちょっと字面がかっこいい気がする。イメージだけですが。

 

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 で、障害は個性なのか、という話ですが、これは「個性」で許される環境に身を置いているかどうかの問題だと思います。極端な話、学生時代では「変わった人」ですまされていたのに、社会に出て問題が多発して二次的に気分障害が発現し、社会生活を営めなくなったわたしのようなパターンでは、これは「個性」では済まないと思います。個性で済まされるのは、本人の生活に支障をきたさないケースです。

 

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 要は発達障害があろうとそれを許してくれる環境だったり、障害をカバーするほどの能力が合ったり、高いコミュ力があったり、タフネスがあったり、メンタルが強かったりしたりすればよかったんですが、私の場合それのすべてがなかったので、普通にうつ病になりました。挙句の果てには双極性障害。ここまできてなお「発達障害は個性」というには無理があると私は思っています。いやもう、個性ならこんな個性いらんて。没個性な人間として生きていく方がずっとましだから。

 

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 どこに行っても気持ち悪がられたり面白がられたりネタにされたり、なんというか人間扱いしてもらえていないことが多く、まあそうでもされないと私なんて価値が無いから仕方ないよな、と思います。人間役ができないのならせめてピエロでもやってろ、というか。どうあがいても勝ち組様には勝てないのだから、底辺はへこへこ見世物になるしかないというか…そうしないと生きていけないのかなとは思います。

 

凸凹の「凸」を社会で活かせなかった場合、要はお荷物

能力の凸凹は誰にでもあるんだから発達障害なんて個性の範疇だ、そんなの気のせいだ、甘えだ、やる気で乗り越えられる…そんな話も聞きあきました。凸凹が誰にでもあるってなんて知ってますよ、当たり前でしょう。こっちが言っているのは凸凹が極端にある人間の生きていく道がふさがれているのが詰んでるって話なんですよ。

 

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 こういうときにやれ偉人や有名人を取り上げて「○○さんも発達障害なんだから自分だってスペシャルなんだ」って謎の万能感を持つのは愚の骨頂です。他人がどうであろうと、自分がぽんこつである事実は変わりません。何回でも言いますが、エジソンが発達障害であり、エジソンが天才だとしても、発達障害は天才ではありません。そうじゃない人の方が大半です。だから、生きづらいんです。

 

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 思えば社会に出る前からつらかったですねー。「お友達と仲良くしようね」って強制されるのが大嫌いで、ごっこ遊びとか鬼ごっこしてる暇があるんだったら本を読んだり空想をしたりしている方が好きだった。教師に「それは子供の遊び方としておかしい」と注意されたのがいまだにトラウマで、あれ以来教師なんてクズだと思っています。人間として尊敬できる人なんていなかった。

 

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 親は私には言わなかったですが、おそらく教師から相当注意されていたと思うし、ママ友にもチクチク言われていたと思います。「○○ちゃんのお母さんから、また怒られた…」と悩みを口にしていたこともありました。そのころ自分は子供だったので、責任が自分にあるとは気づいていませんでしたが…たぶん、普通にほかの子供となじんで遊んだり授業を受けたり、運動したり、当たり前のことができない自分のことをかなり指摘されていたんじゃないかと思います。幸い?LDはなかったので、その点で特別学級に行くという話はありませんでしたが。

 

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 中学、高校、大学振り返っても、痛々しい話しかありません。迷惑をかけたし、自覚しているだけでもそれだけ痛いエピソードがあるのなら、無自覚でやらかしたことなんてものすごい数あると思います。KYなんてもんじゃありません。グループワークとかで同じグループになった人にはすごい迷惑かけたと思います。「空気が読めない」どころか「空気の概念を知らない」のだから。

 

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 それでも学生時代はなんとか「変わった人」という「個性」のラべリングで済んだわけです。実害はなかったのですから。しかし社会人になって、優秀な人に囲まれ、自分も期待され、「なんとかしなきゃ」と思って無理をした結果、無事うつになり、「個性」で済まされない話になりました。

 

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 障害が個性で済まされるのは、それが許される環境にいるからだと思います。そうじゃなければ、私の凸凹なんて、はっきり言ってお荷物です。なだらかな人間の方が役に立つに決まってます。使い回しが効きますからね。凸凹が激しい刃物のような人間は、どこに置いたら使い物になるのか見当がつきませんからね。社会にも居場所が見つけられないのも当然です。

 

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 アスペを個性とか言う人もいますが、それだったら自分と脳を入れ替えてみませんか?と言いたくなります。わたしは健常な人の脳というのを見てみたい。静かな脳内というのが想像できない。常にノイズであふれかえって整理がつかないひっくり返したゴミ箱のような世界を、どう説明したらいいのかわからない。ストラテラやコンサータを飲むことで自分のおかしさを是正することができるのだから、ぜひやりたい。だって、今の自分の状態では、社会に活きる場所が見つからないのだから。

 

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 普通の人ならあたりまえにできる人が、わたしにはできない。他人が言う「普通」がわたしにはわからない。普通の人たちの世界が、わからない。たぶん一生わからない。自分を社会のどういう位置に置けばいいのかわからない。障害オープンの就職で、少しは生きやすくなるかもしれませんが…

 

 

「普通考えたらわかることでしょ!!」と怒られて、「わたしの普通はこれではありません」って言い返してクッソ怒られましたからね。どうして言わなくてもいいことを言うのか…頭がおかしいとしか思えません。今でこそ少しは自覚的になりましたが、昔は関係者に本当に嫌われていたと思います。申し訳ない。そんなクズな私でも面倒を見てくれた方々の懐の深さに感謝するしかありません…。

 

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 とにかく、「お察しの人」であることを自覚した以上、自分の凸凹をなるべく活かすやり方で、生きていかないと、また「生きづらさ」→追い詰められる→うつの悪循環になると思うのです。自己肯定感を社会で得ないといけない…自分には凹が多すぎるので、最初だけ取り繕ったところで、すぐにぼろが出て人は離れて行ってしまいます。それを防ぐために、今後どうやって生きていくか…模索していきます…