金曜日の夜をめざして

うつ病とかいろいろ

何も感じない、考えないことが大切だと思うことにした

私は考えすぎるくせがあります。

一つの物事にずっととらわれ、なかなか気分転換ができない悪いくせがあります。

怒ったことや悲しいことをすぐに忘れられる人がいますよね?

私はその真逆です。

昔の嫌だった記憶がいつまでもいつまでも頭の底にこびりついて離れず、ふとしたときにそれを思い出して、急激に怒りがこみ上げたり、泣き出したくなったりします。

こんな考え方が体に悪いのは百も承知です。

しかし、小さいころからずーっとこの考え方で生きてきたので、なかなか習慣を変えることができません。

考えかたを変えろ、とカウンセリングで言われますが、急には変えられません。気づいたら嫌なこと、つらいことをぐじぐじと考えて、将来を悲観してしまいます。

考えても何も意味がない

うつ病会社員の私ですが、会社員として働くことに強い不安があります。

「この先体調がよくなる見込みもないのにこのまま働いていけるのか」

「職場で何となく感じる疎外感をこの先も抱えていかなければならないのか」

「働いていくためにはつらいこともたくさん我慢して元気なふりをして生きていかなければならないのか」

「元気じゃなくても元気なふりをして仕事を引き受けていかないと社会人として生きていけないのではないか」

 

一人で延々とそういうことを考えてしまいます。未来には悲観しかありません。

ただ、考え続けてももう仕方がないのかもしれない、と最近思います。

考えたところで何も現在も未来も変わらない。

起きていないことをぐちゃぐちゃ考えても何も変わらない。

なるようにしかならない。自分で人生をどうにかしようと考えることがそもそも無理な話だ。

もう落ちるとこまで落ちてしまっても、仕方ない。もう私は十分がんばって生きました。この先もがんばって生きていくことなんて、もう不可能です。心も体も疲れ果てました。人生を現状維持するだけでも、命がけです。

 

寿命が削れる音がする

現状、生活に何の希望もありません。将来こうしたいとか、今こういうことが楽しい、とか、そういったものが一切ありません。「死なないために生きている」本当にそれだけです。生きている理由というのは死んでいないからであり、この先も生きる理由というのは今死んでいないから、ただそれだけのことです。自分のキャリアにもプライベートにも何も活路を見いだせず。また、それを切り開いていく気力も体力もありません。

 

毎日社会人生活を送るごとに、寿命が削れる音がします。行きたくない職場に行くたび、月曜日が始まるたび、ベッドに入るたび、朝目が覚めるたび、音を立てて寿命が削れていきます。

まさに囚人のような生活だと思います。毎日会社に行って家に帰ってくるだけで精いっぱいなので、それ以外に何も充実させることができません。習い事をしている人とかの体力が理解できません。わたしはそもそも非常に飽きっぽく、すぐになんでも投げ出してしまうので、習い事をしても意味はないと思いますが。

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何も楽しくなく、やりがい、生きがいを感じられず、生きている意味もわからず、過ぎていく日々を大過なく過ごすことだけが、自分の生活の課題です。生きていることとはこんなにつまらないものなのでしょうか。誰しもそうなのでしょうか。今にも未来にも何も希望を見出すことができず、休日さえひたすら落ち込んでしまいます。生きているだけでとてもつらい。

 

何も考えない

近頃は「何も考えない」ようにしています。生きてる意味も、働く意味も、どうでもいい。考えるだけ無駄。答えが出ないことを考えても無駄。どうにもならない。もう何にも期待しない。未来をどうにかしようと思うから悩んで苦しいのであって、どうにもならないとあきらめてしまえば、たぶん必要以上につらくならないで済むのです。

 

機械になってしまいたい、とよく思います。感情も思考することもない、プログラム通りに動く以外に何の余分な機能も持たない機械。機械になってしまえば、「生きていてむなしい」という途方もない思いに毎日を縛られることもないのですから。

このごろひたすらに、生きていることがむなしいです。薬を飲んでもよくならない体調、疎外感を感じる職場、他人に話しても「違う、そういうことじゃないんだ」と思ってしまう胸のうち。何をしていても報われることを感じず、また、そういうことを期待してしまうからこそ、いっそう気持ちの落ち込みは激しくなってしまいます。

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機械のように淡々と、何も考えずに生きていきたい。気づいたら寿命が来て捨てられている存在になりたい。何か考えても、何かを感じても、それはもう何の意味もないのです。人生を豊かにする要素ではない。むしろ必要以上の不安や絶望で自分を縛り付けてしまうものに思えてしまいます。

心や脳がなくなってしまえばいいのにと思います。そうすれば「苦しい」「むなしい」「つらい」「悲しい」といった無駄な感情を自覚せずに済むのですから。

 

生きているだけで毎日つらい。誰しもこうなのでしょうか?こんな日々がいつまで続くのでしょうか。毎日がむなしく、つらく、何の意味も感じず、自分が今までにやってきたすべてのことが無意味に思えます。