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金曜日の夜をめざして

なにかと生きづらい双極性障害グレーうつ病会社員のブログ

うつ病とか病名に縛られずに生きられるようになりたい

思うこと

うつ病の治療と会社員、二足のわらじで生きています。

毎日調子悪いですが、いまのところなんとか生きています。

今日は就活生を近所で見かけて、なんともいえないしょっぱい気持ちになりました。

リクルートスーツを着たあの学生たちのように、わたしも初々しく、やる気に満ち溢れていた時期があったはずだったのですが…

 

いまややる気はなく、エネルギーもなく、やりたいこともなく、なりたいものもなく、毎日をやり過ごすためだけに生きている感じです。どうしてこうなった?理想のわたしはどこに行った?

 

 

うつ病を引きずり続けている

そもそも、うつと診断されたとき、わたしはすぐに復帰できるものかと思っていました。

数ヶ月休めばすぐに回復できると信じていました。

しかし実情は、年単位の時間を使っています。うつ症状を寛解させるのに約1年使い、また最近症状が悪化しています。抗鬱薬を飲んでいないから悪化した、というわけではありません。むしろ、以前より薬を飲んでいます。リフレックスが全然効かない…

 

原因探しにとらわれがちな自分がいる

長く病気を引きずっていると、「なんで?なんでよくならないの?」「なにが悪いの?治療法?生活?」と自分であれこれ考えてしまいます。自分であれこれ調べて、これは自分に該当することなのか、思い悩んで首をひねってしまいます。

 

本音は、病気のことなんか考えず、もっと軽やかに生きていきたいのです。やりたいことや行きたい場所について想像をめぐらせられるようなポジティブな脳内になりたい。しかし実情は、いつも憂鬱な気分がまとわりつき、やりたいことなどなく、なにかにチャレンジする気力体力もなく、口を開けば「疲れた」「だるい」「生きるのつらい」で、毎日を地べたを這うようにして生きています。こんなダメダメンヘラなのに社会人できているのは我ながら奇跡だと思います。冬季うつだのPMSだの抱えて毎日24時間頭のなかがイライラやダルさや悲しみ、つらさでいっぱいなのに、よく毎日会社行けてるものだ、と感心します。

 

うつ病であることにアイデンティティを見出したくない

最近よく思うのが、「うつ病である自分」にとらわれすぎたくない、ということです。

同じうつ病の人のブログを読んだり、話を聞いたりしていると、まるで自分まで同じ症状を経験したような気持ちになってしまいます。

そして、「うつ病」である自分が当たり前すぎて「うつ病」であることイコール自分のアイデンティティ、と誤解してしまいそうになります。

 

間違いです。

うつ病はわたしの付属物です。

うつ病はわたしを説明するために必要な言葉ではありません。

 

このブログでは「うつ病会社員」というわかりやすいカテゴライズで話をしていますが、わたし個人の人生においては、うつ病という病気は小さな小さな要素のひとつであってほしいと思います。

 

なんというか、病気や病名に縛られずに生きていきたいんです。

自分より先に「うつ病」とか「双極性障害」という言葉が出てきてしまう生活にはなりたくないんです。

 

期せずしてうつ病になってしまいましたが、この病気を生涯引きずるつもりはありませんし、さっさと一秒でも早く寛解させたいです(実際は、寛解どころか悪化しているふしもなくはないですが…)

 

わたしはうつ病ですが、うつ病はわたしではありません。

病気に自分の心や体を握られたくありません。

寛解させるためにネットやSNSで有益な情報を集めることじたいは悪いこととは思いませんが、あまりにも「うつ病である自分」に慣れすぎて、そちらがアイデンティティの主を占めるようになってしまったら嫌だなあと思う次第です。

 

もっと自由に生きられるようになりたい。病気を気にせずに過ごせるようになりたい。毎日クスリを飲まずに生活できるようになりたい。

「メンヘラ」という言葉が自分とは無縁、といえるようになりたい。

 

本音はそうです。うつ病である自分にアイデンティティを見出したくなどない。

早く治ればいいなあ。