うつアスペ会社員と呼ばれて

うつ病とかアスペルガー症候群とかいろいろ

うつアスペアラサーだけど結婚できる気がしない

うつアスペアラサーのもみじです。

人生ぐだぐだぼろぼろで本当にへこみっぱなしです。

人生浮き沈みがあるといいますが沈んでばかりのような気がします。

チャンスはめぐってきません。

うまくいくどころか落ち込んでいくばかりです。

そういうことを自覚せざるをえない物事が最近多くあり、心身ともにへろへろになっています。

友達の子供に会いに行った

先日、学生時代の友達の家に遊びに行きました。

すでに母親になっている彼女は、かいがいしく子供の世話を焼いていました。

もうその顔は完全に「母親」で、学生時代の彼女の面影はありませんでした。子供がいることはこんなにも女を変えるのか…と思わせましたね。旦那さんとも相変わらず仲よさそうな雰囲気を漂わせてて非常にうらやましかったです。そして子供もかわいい。母親が美人なので当然ですが、顔かたちも整っていて、なんともいえない愛嬌があるのです。ほっぺをつついて遊びたくなるようなかわいらしさ。子供があまり好きではないわたしでも引き込まれるかわいさがありました。

彼女は言いました。「育児は大変だけど自分の子供だと思えばとてもかわいいからがんばれる」と。そういうものなのでしょうか。わたしは子供を産んだ経験も育てた経験もまったくないので、想像するしかありません。そして、自分が彼女のように子供を育てられるイメージは全くわきませんでした。自分が母親になる姿がまったく想像できませんでした。そんなものなのでしょうか?生むと変わるのでしょうか?私は昔から「愛情がない」「母性がない」と指摘され続けてきた人間なので、もし今後の人生で子供ができたとしてもちゃんと育てられるイメージがまったくできません。

 

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友達の結婚式に参加して凹んだ

同じく学生時代の友人の結婚式に参加してきました。同年代の彼女が妻になっていく姿を見送って、「ああ、自分には何にもないなあ」と悲しくなりました。旦那もいないし彼氏もいない、充実した仕事もないしお金もない、しっかり自立しているわけでもない、病気と障害に囲まれて日々の生活を送ることにすら支障が生じている、荒れ果てた生活です。薬の副作用もあって体は醜く太り、発症前より30キロも増えました。女としての価値もなく、かといって社会人としてしっかり仕事をしているわけでもなく、もはや自分が何のために生きているのかわからず、結婚式の帰り道、自分が情けなくなって涙が出てきました。

 

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 自分と同年代の女性がどんどん妻や母親になり、あるいは仕事で成果をあげ、存在を示していく中で、自分はいたずらに時間を消費し、じり貧になっていくだけ。人生が貧しくなっていくだけ。どんどん同年代と差を開けられ、底辺の人生を進んでいくだけ。

結婚式では学生時代の友人の何人かと会いました。みんなそれぞれパートナーがいたり仕事が充実していたり、ちゃんとアラサー女としてのおつとめを果たしているようでした。あの中ではまちがいなくわたしが底辺でした。社内ニートですし、ほとんどクビになってるようなもんですし、恋愛面はさっぱりですし、体は太って原型を失っていくばかりですし、本当に人生終わってます。前にも書きましたが、ソチオリンピックのころはここまで人生がおちぶれるとは思っていませんでした。むしろ自分には輝かしい未来が待っているなどと無謀な希望を抱いていました。それがどうでしょう、この凋落ぶり。私が何をしたっていうんでしょう。前世で人殺しでもしたのでしょうか。何が悲しくて病気と障害にまみれて薬漬けになって日々死んだ目で過ごさなければならないのでしょう。これは何の罰なんでしょう。そしてこれはいつ終わるのでしょうか?

 

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未来を思うと悲しすぎる

家族からは相変わらず「結婚」「子供をつくること」を希望されています。正直、その希望にこたえられる自信などありません。今の自分の人生を保つだけでせいいっぱいです。生きていくだけで必死なんです。そんな自分なのに、ほかの誰かと人生をともにするなんて全然イメージできない。自分の人生に他人を巻き込むのがかわいそうですし、そもそも自分のような人間は歴史の隅の隅に消えていって、遺伝子を未来に残してはいけないタイプなのだと思います。

 

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 結婚式の披露宴の中で、「生まれたときと同じ体重のぬいぐるみを親に渡す」シーンがありました。これを「子育て卒業の儀式」と呼ぶそうです。要は、新婦は新郎と新しい家族をつくっていくから、自分の分身は親に戻して、自分自身は生涯の伴侶とともに未来を生きていくという宣言です。このシーンがわたしは一番涙が出ました。自分が情けなくて涙が出ました。きっとわたしにはこの「子育て卒業の儀式」をすることができない。結婚して親を安心させることもできない。かといって仕事をがんばって経済的に自立してひとりだちすることもできない。病気と障害でどんどん悪くなっていく体調を抱えて、親を心配させて、世間からは白い目で見られて、社会のはみだしものとしておちぶれた人生を生きることしかできない。親に「子育ては終わった」と安心させることができない。

アラサーにもなってそんなこともできない自分が悲しくて情けなくて悔しくて、結婚式の帰り道、涙が止まりませんでした。自分の想像では、今の年齢ならもっと大人になっているはずだった。親をねぎらっているはずだった。人生のパートナーを見つけているはずだった。一人の人間としてちゃんと地に足をつけて生きているはずだった。それがこのざまです。いまや障碍者に片足つっこんでいる状態で、ひとりだちどころかまともな勤労もできないざまで、親には心配と迷惑しかかけていません。本当に、こんな欠陥品に育ってしまったことが情けなくて、本当に情けなくて、親に向ける顔がありません。

 

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やっぱり人生終わっている

薬の副作用なのかなんなのかわかりませんが、わたしは去年の記憶がほぼありません。ところどころしか思い出せません。このブログに書いてあることをあとから読み返して「このときはこう思ったんだな」と気づく状態です。去年は本当に苦しくて、つらくて、このブログに書いていない部分でも何度も苦境を味わいました。自殺未遂みたいなことになったこともあったし、すさまじく人間関係が壊れたこともあったし、仕事関係で絶望したこともありました。しかし、具体的な記憶はもうありません。つらすぎて自動的に脳が記憶を消去してしまったのかもしれません。最近どんどん自分が馬鹿になっている気がします。詰め込んだ情報がどんどん頭から流れ出ています。薬のせいで脳がおかしくなっているんでしょうか。「正常」な感覚から逸脱していることを実感します。

 

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 こんなヤバイ人間が妻、ましてや母親になるなんて、やっぱり無理だと思います。それを求める声も周囲にはあるけど、本当に、無理。自分のような終わっている人間が誰かの家族になるなんて、まるで想像できません。結婚式を見ると「いいなあ」「羨ましいなあ」と思いますけど、自分がそうなれる気は一切しません。人の親になることに向いていない人種って、あると思います。きっとわたしもそれだと思います。こんな精神も発達も異常がある人間が、誰かを育てるなんて言う大きな使命を遂行できるわけがありません。自分ひとり生きていくことでさえ満足にできないのに、どうしてほかのことができるでしょうか。

 

「つらいのはみんな一緒」と説教された

これも別記事で詳しく書きますが、精神や発達の障害について説明すると、九分九厘「誰にでもある」「そんなの普通だよ」「みんなしんどいんだよ」という言葉で流されてしまいます。違う、そうじゃないんだ、と言いたいのですが、もうあきらめています。しょせん当事者じゃない人間からしたら精神障害も発達障害も「甘え」でしかなく、自己努力で乗り越えられない問題なんていうのは本人がまだまだ死ぬ気でやれていないから、もっと限界までがんばるべきだ、という考えでしかないのでしょう。本当に虫唾が走ります。

 

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 ときどきすさまじい孤独感に襲われて、死にたくなります。自分の人生を悲観してしまいますし、自分が生きている意味などないのだと思ってしまいます。わたしだってできることならほかの人たちのように普通に働いて普通に結婚して普通の母親になりたかった。日本社会が一般的に求める普通のレールに乗って、それを疑わずに人生を送りたかった。死ぬまでその傲慢な勘違いに気づかずにいたかった。しかしそれができなかった。たった20代で人生の「普通」から叩き落されて、そこから戻ることができず、日々社会、普通の人たちとのずれを痛感しながら、社会弱者としてうじむしのようにもがく毎日です。

 

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 もう、どうやって生きていけばいいのでしょう。毎日をやり過ごしていくのにも疲れてきて、本当に困ります。年度末だからなおさら焦っているのだと思います。今のままではいけない、と思っていても、具体的な行動として成果が出せていない自分に失望してします。自分の人生を次のフェーズに進ませたいのに、うまく動けない自分にいらつき、周りはほいほい動いて行っているのに、と悔しさで泣きたくなります。何も前に進んでいない。失っていくばかりで何も増えていかない。自分の意味がどんどん擦り減っていく。

家族には「まだ20代で若いんだからこれからの人生を生きることを考えて」とよく言われます。むしろ、20代だから絶望している、といったら変でしょうか。あきらめがつく年齢だったらともかく、まだ20代で、仕事に恋愛に結婚に育児に趣味に、いろいろなことに打ち込める人生の楽しい時期だったのにもかかわらず、病気に沈んで、障害が発覚して、24時間のうちのほとんどがつらい瞬間が続いている今の人生って、果たしてどらだけの意味があるんでしょうか。なんでわたしはこんなに人生を辛い辛いと感じながら生きていかなければならないのでしょうか。そりゃ私より辛い人だってごまんといると思います。それでもわたしはつらい。未来に希望がない、現在にも希望がない、このどこにも行けない追い詰められた状態がとてもつらい。女としても価値がない、社会人としても価値がない、この先どう生きていけばいいのかわからない。

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周りとどんどん差がつけられ、相対的に価値は落ちていき、若さという絶対的な武器も失われ、仕事はできず、信頼も失い、体力も落ち、知能は衰え、行く先が孤独死くらいしか考えられない今の状態で、いったいどうやって人生を楽しめというのでしょうか。自分の存在に価値を見いだせず、むしろ道端の石ころのほうがまだ意義があるとすら思えます。自分はどこに進めばいいのかわかりません。医者は言うことをころころ変えるし、転職活動は難航するし、お金はたまらず、むしろ失う一方で、体調は悪くなるし、日々不愉快なことばかりで、学生時代は苦楽をともにした友人もいまや家庭をもつ人ばかりで、もはや自らの人生をみじめと形容するほかありません。どん底と言ったら言い過ぎですが、それが待ち受けていってるといってもおかしくありません。自分の人生平たく言って詰んでいます。

 

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 お金持ちの友人などを見るとうらやましいです。仕事がなくなっても家の金で暮らしていけるんだなあ、いいなあと思います。うちは貧しい家なので、自分の金に頼るしかありません。そう思って必死の思いで勉強して社会人になってお金を稼いできたつもりでしたが、結局は病気になって、医療費もろもろでお金を失っていく生活に堕ちてしまいました。こんなのを見ると、適当な大学を出てそこそこのスペックの男の人と結婚して専業主婦をしている人の方がよっぽどいい人生を送っているかのように思えて、自分の人生とはいったいなんだったんだろうか、今までの努力は水の泡だったんだろうかと思えて、心底むなしくなります。裕福な家庭ならニートをしても問題ないでしょう。しかしそんなことしてられません。どうにか自分の食い扶持を稼がなければなりません。

 

とりとめなくなりましたが、要は自分が結婚して母親になるイメージがまったくわかないということです。友人の結婚式などに行って心底思った感想がそれでした。自分が他人と強いきずなを結ぶイメージがわかない。自分が母親になってはいけない気がする。アダルトチルドレン。毒親。そんな存在になる気しかしない。そして、母親や妻として奮闘する友人を見るたびに、自分の人生の情けなさ、何も残せなかった悔しさ、そしてこれからおちぶれていくんだろう未来への悲観に、本当に生きる希望を失いそうになります。

自分の人生こんなはずじゃなかった。毎日が精神的な死の連続です。わたしがヒトとして、メスとして、生まれた意味はあったのでしょうか?わたしが知能を持つ二足歩行の動物である意味はあるのでしょうか?わかりません。人生がとてもつらいです。